25才建築学生のだらしない日常

25才建築学生のだらしない日常

色々あって大学変えたりして7年間も大学生をやっている建築学生の思ったこと

お腹を壊した

身体はとても正直で、僕の場合は他人よりもそれが顕著みたいだ。

体調を崩すってことは、身体の防衛本能のようなもので、基本は良い意味で受け取るようにしている。

熱が出たって、それは闘ってくれてるからで、もし熱が出なかったら僕はもっと大きな病気になっちゃうんだろうって。

 

この間まで、バリ島でマリンスポーツしたり海水浴したりホテルのプール側でお酒を飲み続けるのと、ポルトガルとスペインで現地料理を食い漁る旅をした。

 

ポルトガルリスボンは昔の街並みが残る港町で、路上を走るレトロな電車が有名だ。

カフェ文化が浸透しており、朝ごはんは皆家を飛び出てカフェで珈琲とパンを食べる。

僕らもそれに倣い、1日の始まりをカフェで過ごした。現地のカフェは英語が通じなかったりで、もちろん僕らがポルトガル語を知ってるはずもなく、指差しで注文する。思ってたのと違うのも来る。オレンジジュースとクロワッサンを頼んだら、生搾りのそれと思った3倍は大きいクロワッサンがトレーに載せられた。日本円にしたら300円くらい。

 

まだオレンジジュースは飲んでいなかったのだけれど、喉元から出た液体は黄色だった。まだあんなに大きいクロワッサンは食べていなかったから、ほとんど胃液だったみたい。吐いた自分が一番驚いた。

 

その日はポルトガルパビリオンという建築を見にいく予定だった。アルヴァロシザというポルトガルの巨匠建築家が建てたパビリオン。構造的に成り立っているのが不思議なくらい薄いコンクリートの屋根が、間に柱が一本も落ちずにずいぶんなスパンを飛ばしている。

 

そんな包み込まれるような空間を見ながら、耐えきれなくなった。持参したビニール袋は黄色の液体でいっぱいになった。

 

ポルトガルで一番楽しみにしていた日が、黄色と甘酸っぱい匂いの記憶で埋め尽くされた。どんだけすごくたって、体調が悪かったらそりゃすごいと思えんわ、と学んだ。

 

そうえば過去二回ベトナム行った時も、自分だけがお腹を壊した。あらまあ。現場調査で行ったのだけれど、現地の職人さんの仮宿みたいなところのトイレを借りたっけ。

 

そんな卒業旅行でした。